真冬でも栽培できる、二毛作が可能な豊かな土地、館山
「モノづくりの方法論を作るのが、前職のシステムエンジニア。それに基づいて実際にモノがつくり上げられ、結果が出る。前職も今の農業も、泥臭いところは通じていると思います。複雑なバグを一つずつ潰していったりね。僕は今、最終的に、食べ物をつくるという“モノづくり”の仕事に携われるようになりました。持続可能な農業を目指す人、ちゃんとその土地に根づいて、地域コミュニティの活動にも参加したい人を責任持って集め、育てたい」
千葉県館山市内の圃場の中心で、農家という職業と、地域への溢れ出る思いを語ったのはNPO法人南房総農育プロジェクト(以下、農育プロジェクト)の理事長、岩槻伸洋さんです。
プロボノチームが千葉県館山市を訪れ、岩槻さんのその思いが生まれた背景を体感したのは2020年10月のこと。
館山といえば、長く続く海岸線、サーフィン、スキューバダイビングなど、海のイメージが先行していたプロボノチームでしたが、「酪農発祥の地で、畜産業も盛んです。また、花卉、野菜、果樹などの栽培が盛んで、特に冬場の菜花、レタスが特産品です。一年中温暖で雪も降らないので、年間を通して作物の栽培、二毛作ができます。夏に稲を、冬はトンネル栽培でレタスが栽培されています。厳寒期でも作物の取れる土地は、新規就農者にとって栽培計画の選択肢が広い土地ともいえます。でも、こういった部分はあまり知られていない気がしますね」という岩槻さんの話から、海の魅力と共にある土地の豊かさも知ることになりました。
中長期の農業研修に注力する理由とは
農育プロジェクトが立ち上がったのは2015年で、現在約10名のメンバーが集っています。2020年から理事長になった岩槻さんは、システム開発というまったくの異業界からの新規就農者。副理事長の岡本高憲さんは、東京からUターンして地元館山で新規就農にいたりました。実家が酪農をしている副理事長の小宮強さんは、妻の出身地である館山で就農しました。その他のメンバーも、ホームセンターの店長をしていた齊藤拓朗さん、代々続く農家を継いだ安西淳さん、養鶏農家の宮本大史さん、野菜ソムリエの安西理栄さんなど、顔ぶれは実に多彩です。
農業振興を目的に「農を通じて食を知り、感じ、楽しむ」という理念を掲げる農育プロジェクトは、市内外の参加者を募って生産者の話と地の食材を使った食事を楽しむ交流イベント「農家飯」の開催や、都内の特産市での販売活動の他、1日や1泊2日での農業機械や農業用パイプハウスの建築の講習など、研修プログラムの提供にも取り組んできました。
今後、特に力を入れていきたいと考えているのが「中長期の農業研修」です。
農育プロジェクトでは、単なる技術だけではなく生活もしっかり感じられる、就農に向けた研修を考えています。ハードルは高くとも、農業に携わりたいと本気で思う人を中長期で10名程度受け入れ、農に携わる仲間として定住する人を増やしていきたい。その思いが、ふるさとプロボノへの参加動機になりました。
人口減少の一途をたどる日本国内で、農育プロジェクトがターゲットとする新規就農者は果たしてどのくらいいるのか。その全国的な動向とは。プロボノメンバーが実態把握のために調べた平成30年の統計データによると、新規自営農業就農者4万2,750 人、新規雇用就農者9,820 人、新規参入者3,240 人(農林水産省「平成 30 年新規就農者調査」より )。農林水産省が新規就農施策や営農支援策などを打ち出している追い風もあってか、40代で増加傾向が見られ、全体としても農業を目指す人は増えていることがわかりました。
一方、館山市を含む南房総エリアの新規就農者はとても少なく、館山でも農業に従事する人は減少し、地域コミュニティの維持が危ぶまれる状況にあると岩槻さんは感じています。
地域を支える重要な生業、農に関わる生き方はいくつもあり、選べる
「ある程度、地域内で働く人がいないと、地域の活動がまわらないことが多いのです。たとえば堀さらいを定期的にやらないと田や畑を維持できない。消防団活動も、火事があっても日中に人がいないと対応できません。高齢者の見守りなど地域コミュニティの継続を考えてもその地に根差した生業が必要で、そのひとつが農業だと思います」
地域に根差した農業の重要性と、多様な農業の姿を岩槻さんは教えてくれます。
「就農にもいろいろあって、専業でできれば一番よいけれど、そうでなくても、大きな農家さんや農業法人に就職するなど、関わり方はいろいろあります。一口に農業といっても、畑の作り方、野菜の育て方、経営の仕方もいろいろです。農育プロジェクトとして研修を受け入れていけば、僕のやり方も、別のメンバーのやり方も見てもらうことができる。それは技術だけでなく、経営のやり方も。0からの起業と家業の後継ぎでは、用意する資金や機械、使える制度も違います。夫婦二人のところ、人を雇用しているところ、有機栽培をしているところ、慣行農業をしているところ、いろいろな現場を見られるのは研修を受ける人にとって大きなメリット。農業に関わる上で春夏秋冬のサイクルを見ておくことも絶対必要なので、四季を通して農作業をしっかり学びたい人に来てもらって、惜しまず伝えたい」
農業を本気で目指す人を受け入れ育てていく覚悟と、農育プロジェクトメンバーが提供できる「いろいろな現場」「いろいろな選択肢」が研修生の学びになる確信はあるものの、現在欠けている重要な要素が情報発信です。
これまでより踏み込んだ農業研修の募集を、いざ始めるにあたり、具体的にどんな内容と手段で発信すれば、届けたい人に効果的に情報を届けられるのか。農育プロジェクトの研修開始の看板をどのように揚げることが有効なのか。プロボノチームの客観的な視点から、最適な発信内容、方法を提案することが今回のプロジェクトに求められるゴールです。
情報発信の鍵は「就農と移住定住が重なる層にアプローチするのがよいのでは」という仮説のもと、プロボノチームはヒアリングや各種調査の準備を進めていきます。