「選ばれる地域とは」〜関わりのステップをデザインする 貴重講話嵩先生

國學院大學観光まちづくり学部 准教授 嵩 和雄さん

 

本記事は、2024年8月1日(木)に行れました、行政職員向けプロボノセミナー「新たな関係人口とつながる地域づくり」の基調講演として、お話しいただきました嵩先生のパートを抜粋しております。

 


 

私は11年前から移住や定住に関する仕事に携わっており、移住先としてどのような地域が選ばれるのかを自治体向けにお話しています。また、國學院大學で4年前から働いており、現在は観光まちづくり学部にて「地域を見つめ地域を動かす」というキャッチフレーズのもと、まちづくりの成果を通じて人が集まる観光まちづくりを目指して授業を行っています。

 

若者の地方移住に関する動向

特に若者の関心が地方に向かい始めた動きは、2000年代中頃からです。団塊世代が地方から東京に出てきた結果、現在の20代〜30代は地方のことを知らない若者が増加しています。しかし、そうした若者世代が地方に移住することにためらうわけではなく、価値観の多様化や未知の世界への憧れ、農山村へのフロンティア意識を持つ若者も増えています。

例えば、2011年の東日本大震災をきっかけに京都で始まった「京都移住計画」では、地元の若者たちが自ら移住プランを立てるというコンセプトが全国に広がり、現在は「〇〇移住計画」として20カ所以上で展開されています。

この移住計画のメンバーが集まる移住ドラフト会議では、20〜30代の若者が参加し、特に移住したい地域が決まっていない場合でも、自分のスキルを生かせる地域に行きたいという思いを持つ方々が集まります。その思いに対して、全国の移住計画を行っている地域がオファーを出し、一度地域に来てもらう活動が行われています。

心理学で言われる「マズローの欲求5段階説」によると、若者は他者から認められ尊重されたいという承認欲求や、集団に属し仲間が欲しいという精神的欲求を持っています。移住ドラフト会議のような活動は、こうした欲求を満たす場となっています。一方、自分の能力を引き出し、創造的活動をしたいと考えているのがプロボノの方々です。都市生活ではなかなか満たされない欠乏欲求が、地方での参加によって満たされる可能性があります。

 

地域移住のキーワードと一般化

実際に地域に移住した若い起業家の中でよく出てくる4つのキーワードがあります。「ソーシャル」「ローカル」「シェア」「リノベーション」です。地域で起業する農村型社会起業家の価値観は、東日本大震災以降徐々に変わっており、「みんなの幸せ=自己実現+地域貢献」との考えが広がっています。

生業を作り起業することは自己実現の一環ですが、地域への貢献も重要であり、必ずしも大きな生業を目指すわけではありません。小さな生業から始める「小商」が重要な要素となっています。

また、地域移住が一般化してきたことも挙げられます。ライフスタイルを変えたくない疎開的移住者と、ライフスタイルを変えたいアメニティムーバーという2つの極端な形が現れ、地域移住の意味が広がっています。さらに、地域移住がファッション誌など一般誌に取り上げられることで、その認知度が増しています。

地域移住が一般化することで、地方に移住したいという顕在層が現れる一方で、地方の暮らしに関心はあるが決心がつかない潜在層も存在します。この潜在層は、何かの刺激があれば、徐々に地方移住への行動が生まれます。この2つの層が広義での田園回帰のターゲットとなります。

 

関係人口への取り組み

最近、移住の前段階として「関係人口」に取り組む自治体が増加しています。この動きの背景には、1995年ごろに提唱された「交流人口」があります。定住人口の減少を背景に、交流を通じた地域活性化とその指標化を目指すもので、兵庫県は独自に交流人口の定義を作成しました。「その地域を訪れるかどうかにかかわらず、経済的・文化的・情報的に地域社会との関係を持つ人」を交流人口と呼び、地域を繰り返し訪れ良好な影響を与える人を「広義の交流人」と定義しています。ここ数年の関係人口の議論でも、数的な閾値を設けることは適当でないとされています。

この交流人口論以降、1994年から始まった緑のふるさと協力隊や、国土交通省が1996年から開始した地域づくりインターン事業などの取り組みが行われました。これにより、都市住民と農村住民の関係は対立から共同の農村交流へと変わり、両者がともに働く関係が明確化されました。都市農村交流の取り組みで最も成功したのは、総務省の地域おこし協力隊だと言えるでしょう。

なぜ移住という文脈にこうした体験や交流が必要かというと、農山村側と移住側双方にとって「よそ者」に慣れるステップが必要だからです。こうした経験を通じて、地域側はよそ者を受け入れる基盤を整えることができます。この経験が長期化すると、よそ者による新たな視点や地域の魅力の発見、資源の再発見が可能になります。

地域側がよそ者に慣れていない状態で、いきなり移住という最も難しい手段を取り始めると、地域住民との対立やトラブルが生じる恐れがあります。したがって、ステップを踏み、地方暮らしに関心を持たせる動機を作り、移住後の生活のイメージや目的を持つことが重要です。さらに、移住後の生活をフォローできる体制を整え、地域の環境を活かす戦略を立てることが、地方移住を成功させる鍵となります。

 

地域への関心を引き出すためには

そもそも、どうすれば地域に関心を持ってもらえるのでしょうか。行って良かった場所が住みたい場所になると思います。一般的な観光では、地域の人たちとのつながりができるかどうかが重要です。地域側が発信する情報として、観光地で住んでいる人の魅力的な暮らしを伝えるだけでなく、観光地を含めた地域でのポジティブな体験をどう作り出すかが鍵です。ポジティブな体験を重ねることで、訪問者はプラスのインパクトを感じ、何度も訪れるようになります。そして、都会での不安や不満が生じたとき、過去に訪問した地域が移住先として候補に上がるでしょう。

ただし、通常の観光では深い地域住民との交流はなかなか生じません。地域側はどう戦略的にこれを促進するのかが課題です。さらに、自分の出番や役割、存在の容認がない限り、地域に根を下ろすのは難しいでしょう。

 

関係人口と地域づくり

定住人口が減少する中、地域コミュニティの人的支援が絶対的に不足しています。そのため、移住政策に取り組んできましたが、日本全体の人口は増えないため、人の奪い合いになるという議論が続いています。

「交流人口」という言葉は観光客数のように扱われるようになり、それに代わる政策用語として「関係人口」が注目されています。総務省では、関係人口を「特定の地域に継続的に関心を持ち、関与するよそ者」と定義しています。

では、この関係人口をどう地域づくりにつなげていくのでしょうか。環境教育や環境学習の分野では、次の3つのステップがよく挙げられます。「In Nature」は自然に触れ合う機会を作るステップ。「About Nature」は自然環境への関心を高めるステップ。「For Nature」は自然環境に関わり続ける目的を持つステップです。私はこの3つのステップに加え、「With Nature」というステップが必要だと考えています。これは、都市住民と地域住民が共に場づくりを行うことを意味します。

おそらく地域にとって最も重要な人材はこの「With」の部分でしょう。対等な立場で協働や競争の場づくりができることが、最終的には移住につながるかもしれません。

 

選ばれる地域になるために

「選ばれる地域」というのは、その地域に何らかの強みが存在します。例えば、風景、景観、生活文化、生活環境、仕事の有無、教育環境などです。また、移住までは至らないが、その地域を好む人々が訪れる場合、ワクワクする何かや魅力的な活動が行われていることがあります。ただし、それだけでは人は集まりませんので、そうした情報をこまめに発信することが非常に重要だと考えています。

選ばれる地域にすることは、最終的には地域づくりにつながります。しかし、地域の人材は減少しているため、地域づくりを担う人材を外部から受け入れる必要があります。地域にプラスのインパクトをもたらす人々は、特有の社会的つながりや人間関係、都会にはないソーシャルキャピタルを求めています。また、他の移住先を見つけても、その地域に関与し続けてくれる人を増やすことが関係人口の考え方です。

地域づくりにおいて重要なのは、移住してきた人、つまりよそ者が作る新しいコミュニティの戦略です。新しい価値観を持つ人々と共にプロジェクトを進めることで、さらなる価値が生まれるプロセスが必要です。ただし、全国で既にある取り組みの課題は、受け入れ地域の自治体担当者だけが当事者意識を持っていても、地元の方が自分ごとに捉えてくれないことです。よって、地域にどのような人材が将来必要になるかを考えることが重要です。お祭りに例えると、お客さんとして参加する観光客、準備を手伝う裏方、地域の担い手、屋台を手伝う人手、運営やマネジメントを行う人材、クリエイターなど、どのような人が必要かを明確にする必要があります。地域の段階によって求める人材は異なるため、地域側でこういった議論を行うことで、より魅力的な地域を実現できると期待しています。

 


【ふるさとプロボノについて】

ふるさとプロボノ  は、2021年6月「第18回オーライ!ニッポン大賞 審査委員会長賞」を受賞しました。過去の事例を活動紹介動画ページに多数まとめていますので、ぜひご覧ください。また、「ふるさとプロボノ」の取り組みが、第2回「ソトコト・ウェルビーイング未来アワード2024」を受賞。2024年7月24日(水)に表彰式が行われました。

 

【参考】
育休取得中のママたちによる子育て世代チーム、デジタルに特化した課題解決を担うチーム、同じ企業社員チームのプロジェクトなど、バリエーション豊かに広がりを見せるふるさとプロボノの様子をお伝えするセミナーの様子は、以下のアーカイブよりご覧いただけます

開始  ふるさとプロボノの概要
15:10  和歌山県紀の川市の事例
23:40  新潟県魚沼市の事例
31:00  トークセッション1
52:35  ママボノ、企業プロボノのご案内
56:00  広島県の事例とママボノ、企業プロボノの参加者トーク
1:16:50 トークセッション2
1:44:00 今日のまとめ サービスグラントの提案

 

【主催者について】

認定NPO法人サービスグラントは、NPO・地域団体等の組織運営や事業活動に役立つ具体的な成果物を届けるプロジェクトを、2005年からコーディネートしてきました。これまでに参加したプロボノワーカーは5,500名以上、実施プロジェクトは1,350件を超える、国内最大規模のプロボノ運営団体です。

 

【お問い合わせ】

本セミナーに関するお問い合わせや取材のご連絡は、お問い合わせページからお気軽にお寄せください。
担当 認定NPO法人 サービスグラント 岡本、横道